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仙台高等裁判所 昭和60年(行コ)6号 判決 1988年1月27日

控訴人 亡新沼福三郎訴訟承継人 新沼隆男

被控訴人 大船渡税務署長

代理人 三輪佳久 高橋静栄 ほか三名

主文

本件訴訟を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  当裁判所も、原審と同様に控訴人の請求を失当として棄却すべきものと判断するのであるが、その理由は、次項以下のとおり附加、訂正を加えるほかは原判決の理由説示と同様であるから、ここに、これを引用する。

二  附加、訂正部分

1  原判決の理由中、「原告」とあるのはすべて「控訴人」に、「被告」とあるのはすべて「被控訴人」に、改める。

2  原判決一四枚目表九行目の「鈴木俊男」の次に「の各証言」を加え、同行の「同新沼隆男の各証言」を「原審における控訴人本人尋問の結果」に改め、同裏一〇行目の「居宅に赴き」の次に「いずれも控訴人に会つて」を加え、同一五枚目表四行目及び七行目の「提出」をいずれも「提示」に改め、同七行目の「拒んだ」の次に「こと、その間にも右実査官から度々電話により控訴人に対し調査についての協力を要請したが、控訴人は『営業妨害を謝罪しないと駄目だ、都合のよい日は連絡する』と返答して調査に応じなかつたうえ、その都合のよい日取りの連絡もしなかつたこと、このような経過で、被控訴人が調査についての控訴人の協力を得ることができないでしまい、結局、亡福三郎の所得の実額を把握すべき資料を同人や控訴人から直接に入手することが不可能な状態となつていたことの各」を加え、同一一行目の「新沼隆男、同」を削り、同一二行目の「証言」の次に「及び前記控訴人本人尋問における供述の一部」を加える。

3  同一五枚目裏六行目の「原告は」から同一二行目の終りまでを次のとおりに改める。

「控訴人は、原審において、亡福三郎の昭和四七年分の一般経費が別表一(原判決添付、以下同じ。)のとおりであつて、実額の把握が可能であつたとし、また当審において右別表中の金額の一部を改めるとともに、一般経費中の仕入金額を、当審の補足主張三4(二)後段の如くに、訴外オビサン株式会社等一〇店からの仕入金額である旨に明細を示し、これを根拠に、推計により所得を認定すべき理由がない旨主張するのであるが、控訴人は右所得の実額を把握する資料として必要な帳簿書類等のすべてを提示しているわけではないばかりか、<証拠略>によれば、右一般経費の実額主張は、本件訴訟に至つて初めてその費目ごとの明細と金額が表明されたものであり、本件処分(更正処分等)時においてはこれが全く明らかにされていなかつたことが認められるのであるから、本件処分時において、被控訴人が、亡福三郎の所得の実額を把握することが不可能な状況にあつたことは明らかであり、右主張は採用できない。」

4  同一六枚目表七行目の「証人新沼隆男の証言及びこれ」を「原審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨」に改める。

5  同一八枚目表七行目の「被告が推計に」から同一一行目の終りまでを「他の推計方法によれば、所得の把握が真相に合致し、したがつて被控訴人の用いた前記推計方法が真実の所得の把握として不適当であるとされるべき特段の事情が認められない本件においては、右推計方法が最良の方法であるとの確証がないからといつて、推計の方法として不合理なものとすることはできない。」に改める。

6  同一九枚目表九行目の冒頭から同裏七行目の終りまでを次のとおりに改める。

「九 控訴人は、亡福三郎の昭和四七年分の一般経費が別表一のとおりの費目及び金額である旨原審において主張し、当審においてその一部の金額を改めるとともに、原審では一括して主張していた一般経費中の仕入金額について当審においてその仕入先ごとの金額の明細を補足主張し、これらの経費の根拠として、原審において<証拠略>(昭和四七年度一般経費内訳表)、<証拠略>(岩手銀行盛支店長の原審裁判所に対する報告書、((同店における亡福三郎名義の当座勘定元帳の写添付)))、<証拠略>(各枝審があるが省略、いずれも出金伝票)を提出し、当審においては、更に仕入金額の明細を主張するとともにその一部にそう証拠書類として<証拠略>(いずれも仕入集計表)、<証拠略>(いずれも枝番があるが省略、仕入代金の請求書)を提出している。

そして、原審及び当審における<証拠略>によれば、<証拠略>の一般経費内訳表は、控訴人が自ら作成したものであつて真正に成立したものと認められ、また<証拠略>によれば<証拠略>の右銀行支店長の報告書、<証拠略>の各出金伝票はいずれも真正に成立したものと認められるので、これらの文書の記載は控訴人主張の一般経費の内訳の一部にそうものということができるのであるが、一般経費中の半額を超える部分を占める仕入金額については、原審提出の<証拠略>中の当座勘定元帳によつては、仕入金額を直接に裏付けるに十分ではないし、当審に至つて新たに提出された<証拠略>の各集計表とその一部の裏付資料となる<証拠略>も、<証拠略>によりこれらの文書の成立は認められるものの、右<証拠略>によると、右集計表中の<証拠略>は昭和四八年中に本件の確定申告をするに当り、当時存在していた各仕入先ごとの記載のある仕入台帳をもとに集計したものであるが、その仕入台帳は本件訴訟の提起後に控訴人が本件訴訟事件を依頼した原審の鶴見弁護士のもとにこれを持参して相談したのちに持ち帰つたところ、いずれかの時点で紛失してしまい、また<証拠略>は本件訴訟が当審に移審したのちに、捜索した結果発見された仕入先からの請求書(<証拠略>)を集計して<証拠略>の記載の一部を訂正した(<証拠略>は<証拠略>の誤記を訂正したもの)というのであるが、控訴人は原審以来被控訴人がした推計課税を違法として争つているのであるから、その訴訟を弁護士に依頼し、仕入台帳を持参して担当弁護士に相談したというのであれば、仕入台帳が将来推計課税の是非ないし実額課税の可否の問題について不可欠の重要性をもつ証拠となるべきことを十分知悉していたものといわざるをえず、このような重要な証拠がその後に散逸紛失してしまうことは特段の事情がない限りありえないものというべく、右証言や本人尋問における供述中、<証拠略>の集計表を仕入台帳により作成したとの点及び仕入台帳が紛失したとの点や、請求書が当審に移審後に発見されたとの点はたやすく採用できない。そして、<証拠略>の各請求書は亡福三郎の仕入先のうち、訴外オビサン株式会社以外の仕入先九店からの仕入代金の請求を裏付けるものの、控訴人主張の仕入金額の半額を超える金額(一八九万円余)控訴人主張の仕入金額総額三六四万円余に対して五一パーセント余、同一〇店からの仕入金額の合計額三四六万円余に対しては五四パーセント余)の仕入先である訴外オビサン株式会社からの仕入金額については右各集計表(<証拠略>)にその月別の金額の記載はあるものの、この金額の真実性を裏付けるのに足りる、取引上作成された筈の書類は何も提出されていないのである。控訴人は本件処分がなされたのち、前述の如く処分の適法性を争い、亡福三郎に代り、直ちに異議申立、審査請求を経て昭和五〇年六月三〇日審査請求棄却の裁決を受けるや(これらの経過は当事者間に争いがない。)同年一〇月二〇日本件処分等(本件決定を含む。以下同じ。)の取消を求めて出訴した(これは本件記録上明らかである。)のであるから、取引上作成された裏付資料は特段のことがなければ十分保存している筈であり、これを不用意に紛失したり毀棄したりすることは通常ありえないところであつて、これらの裏付資料である仕入台帳、納品書、請求書、領収書等が何故に証拠として提出されないのか首肯し難いところである。しかして、前述のように、<証拠略>の集計表が仕入台帳により作成されたとの<証拠略>に疑いがあり、かつ、仕入台帳も、その他の裏付となる請求書等の証拠も提出されていない(オビサン株式会社以外については提出されている。)以上は、<証拠略>の各集計表に、訴外オビサン株式会社からの各月別の仕入金額の記載があることのみでは、その真実性を認めることができず、結局右仕入金額の記載を実額として肯定することはできないというべきである。これを要するに、一般経費中の仕入金額を除く部分及び仕入金額中の一部を裏付ける資料はあるものの、仕入金額の過半の額の部分につきこれを裏付ける資料がなく、他にその裏付となる資料ないしは証拠がない限り、これを認めることができず、一般経費の全容につき実額を確定することはできないといわざるをえない。

(控訴人は、当審において、各仕入先につき各仕入代金の実額の調査を目的として調査嘱託の申立をしたが、本来控訴人が自ら保存している筈の関係資料を提出したうえで、その正確性を担保する目的でかかる申立をするのならば格別、自ら本来提出することができるはずの関係書類を提出しない段階において右のような申立をすることは必ずしも適切なものと評価することができないばかりか、取引後すでに一五年近くに達したのちに至つて調査の嘱託をしても正確な資料に基づく調査結果の報告を得ることは容易に期待できないものである((原審における<証拠略>によると、前記オビサン株式会社に対し、本件訴訟の原審係属の当時、控訴人から仕入代金額について証明書の発行方を私的に依頼したが、資料の処分による不存在を理由として拒否された経緯があることが認められる。))から右調査嘱託の申立の採用を留保したものである。)。

以上の次第で、控訴人の実額の主張は、一般経費中少くとも仕入金額の実額を確定することができないのであるが、所得の実額を主張して推計課税の適法性を否定することは、所得の実額が、推計課税における所得の推計額よりも少額であることを主張し、立証することによつて、所得の推計(所得認定の一方法)の過誤を正すことに外ならないのであるから、実額の主張をなす者は、収入と経費の実額(全額)を明らかにし、その主張の所得額が所得のすべてであることを立証すべきものと解するのが相当である。したがつて、本件の如く、控訴人主張の仕入金額の半額をこえる金額について資料の裏付を欠く等により経費支出の証明がない場合にはすでにこの点において控訴人主張の金額(実額と主張している。)が所得のすべてであることを認めるによしないものであつて、実額とは認めえず、推計課税の適法性を破る理由とはなしえないものである(なお、付言するに、本件においては、被控訴人は、亡福三郎の確定申告にかかる収入金額一二九二万七九九七円(<証拠略>参照))を基礎として所得を推計し、本件処分等をしたという経過に鑑み、本件訴訟においては、所得推計の根拠として右確定申告書記載の収入金額を主張しているのであるが、被控訴人はこの収入金額をもつて、亡福三郎の収入の実額であると主張しているわけではなく、収入金額が少くとも確定申告書記載の金額に達する((実際の収入金額を超える金額を確定申告書に記載することは通常ありえないから、確定申告書記載の収入金額は、少くともその金額の収入があつたことを示すものとしてよいが、それが収入のすべてである保障はない。))ことを前提として、これを所得推計の根拠としたことを主張しているのにすぎないものであることはその主張自体に照らして明らかである。したがつて控訴人が実額の主張をもつて推計課税の適法性を争うには経費の実額のみならず、収入の実額をも主張してそのすべてを証明するのでなければ、所得の実額を主張し、証明したことにはなりえない道理であるところ、本件においては、控訴人は確定申告書記載の収入金額が実額であるとの前提のもとに、これから控除すべき経費の実額を主張し、その経費のみについて立証を試みているのであつて、右収入金額が実額であることについては何らの立証もしていないのであり、この点においても、控訴人の実額の主張は採用できないものというべきである。)。」

7  同一九枚目裏九行目の冒頭から、同二一枚目表一行目の終りまでを次のとおりに、改める。

「一〇 次に、被控訴人の主張によれば、本件処分は、推計により『算出所得金額』を計算し、それから特別経費を控除し、更に雑所得を加算して課税対象の所得を算出した金額の範囲内でなされたというのであるところ、このうち、算出所得金額の推計が適法になされたことは、以上に説示したとおりであり、また特別経費のうち、雇人費以外の費目及び雑所得については当事者間に争いがないから、以下、争点となつている雇人費について検討する。

<証拠略>を総合すると、亡福三郎の経営していた「大昭堂印刷所」の昭和四七年中における従業員(亡福三郎及び控訴人、同妻を除く。)とその給与の支払状況は次のとおりであつたことが認められる。

すなわち、従業員は、鈴木春代、今野サキ子、新沼忠男、関ケイ子、半沢裕子、小谷多喜子、中山武恒、中山こと杉山久子、新沼サダ子及び新沼(のちに村上姓となる。)美江(控訴人の長女で亡福三郎と生計を一にする親族)の一〇人であり、これらの従業員に対する給与(八月と一二月の賞与を含む。)は控訴人主張の別表二(原判決添付、以下同じ。)中、新沼サダ子の一二月分欄『六万〇七八〇円』を『五万〇二一五円』に、同人の計欄『二八万七一〇〇円』を『二七万六五三五円』に、(月別合計)の計欄『四二七万九五九一円』を『四二六万九〇二六円』に、各訂正した同表の各金額及び新沼美江について昭和四七年一月分から同年一二月分まで、順次に、二万五七七〇円、二万六五〇二円、三万〇五八二円、二万八六四五円、三万〇一〇四円、二万八〇七四、二万七五六〇円、五万三八一六円、二万五七八三円、三万〇三四八円、三万〇三四五円、六万五三一八円、合計四〇万二八四七円であつたことが認められる。

もつとも、亡福三郎から大船渡商工会議所労働保険事務組合に提出した昭和四七年度労働保険料申告の基礎とするための一人別給与明細(<証拠略>)には、従業員中小谷多喜子に関する記載がないものの、その余の従業員らに関する記載は、<証拠略>の各従業員に対する各月別の給料支払明細書によつて認められる各人別の給与の支払(ただし、昭和四七年一月から三月までを除く。)とほとんど一致する(ただし、<証拠略>の新沼忠男の七月分『七万八六九四円』は『八万二八一四円』が正しく、また同人の八月分『八万七四八〇円』、『七万二八五六円』((合計すると一六万〇三三六円))は『一六万〇四三六円』が正しくいずれも違算又は誤記と認められる。)ので右<証拠略>の記載はかなりの信用性の高いものと認められるから、この書面に小谷多喜子に関する記載がないことからすれば、同人が昭和四七年中従業員でなかつたとの疑いを容れる余地がないとはいえない。しかし、<証拠略>によれば、小谷多喜子は昭和四六年一一月二二日に亡福三郎の『大昭堂印刷所』に雇用されて、それ以来従業員として稼働し、社会保険事務所長により昭和四七年一月一日付で被保険者資格取得及び標準報酬決定の通知がなされ、昭和四八年一月一日付でその資格喪失確認の通知がなされており、前述のとおり昭和四七年一月から一二月まで各月別の給与の支払を受けた(その詳細は控訴人主張の別表二中小谷多喜子欄のとおりである。)と認めるのを相当とする(その裏付としての給料支払明細書が存在する。)のであつて、<証拠略>に同人に関する記載がないことをもつてしては、右の各資料に基づく認定を動かすに足りないし、他にこの認定に反する証拠はない。

控訴人は別表二において、新沼サダ子の一二月分の給与を六万〇七八〇円と主張しているが、<証拠略>によると賞与を含めた給与額が五万〇二一五円であり、この金額は<証拠略>の該当欄とも一致し正しい金額と認められるので、主張の金額中、右の金額を超える部分は、他に証拠がない本件ではこれを認めることはできない。

してみると、右給与の支払中、亡福三郎と生計を一にする親族である新沼美江に対する給与を控除した(所得税法五六条)額の四二六万九〇二六円は、これを雇人費の特別経費と認めるのが相当である。

被控訴人は、前記労働保険事務組合の報告書に添付された一人別給与明細(<証拠略>)に記載の昭和四七年四月分から同年一二月分までの給与総額中、新沼美江の分三二万〇六九三円を除いた分と、被控訴人の職員が同保険事務組合で調査したメモ(<証拠略>参照)に依拠して、同年一月分から三月分までの給与合計八四万一〇一四円から新沼美江分相当と推算される金額八万五九三五円(<証拠略>中の差引分と合せて四〇万六六二八円)を除いた分とを合算して三九四万八五二一円が雇人費として特別経費に当ると主張するのであるが、右主張の金額は、昭和四七年一月分から三月分までの給与額が調査メモに基づくものである点、従業員小谷多喜子に関する給与支払分が含まれていない点及び新沼美江関係の控除分中、昭和四七年一月分から三月分までの分が推算に基づく点で、いずれも前記認定の金額が具体的な資料に基づく実額であるのと対比して、積算の一部に正確性を欠くものがあり、採用できない。」

8  同二一枚目裏九行目から一〇行目の「五三七万二八四〇円」を「五六七万三三四五円」に、同一〇行目の「二三四万一二九七円」を「二〇四万〇七九二円」に、同一一行目から一二行目の「二三九万九七九七円」を「二〇九万九二九二円」に各改め、同末行の「そうすると、」の次に「事業所得金額を一八六万五八五六円、雑所得金額を加えた総所得金額を一九二万四三五六円としてした」を加える。

9  同二二枚目表六行目から七行目の「と主張するが、これを支持する証拠はない。」を次のとおりに改める。

「旨、原審においても主張し、当審においてもその趣旨を強調し、控訴人を含めてその所属する大船渡民主商工会の副会長二人に対して同時に同様の税務調査がなされ、或は、調査について先に同会等の組織から事前連絡の励行方を税務当局に対して申し入れていたのに税務当局が調査に当りそれを無視して事前の通知がなされなかつたこと等の事情をもその主張の根拠として強調しているのであるが、右主張の如き事情があり、或は本件調査ないし更正処分により間接的に同会に不利益な結果をもたらすことがありうるとしても、前記認定の経緯のもとではこれが同会に対する組織攻撃ないしは弾圧を意図してなされたものと見ることはできないし、税務調査や更正処分の必要が存在する限り、税務調査や更正処分が違法となるものではないのである。本件においては」

10  同二二枚目裏一行目の「と主張する」を「旨原審においても主張し、当審においてもその旨を強調するとともに、当審においては、被控訴人の調査担当職員である実査官らにおいて執拗な調査態度があつたとし、また反面調査をも合せて、質問検査権の行使が許されるべき範囲、即ち、社会通念上相当な限度を超えたものであると主張している」に改め、同九行目の「の結果得られた」を次のとおりに改める。

「が社会通念上相当な限度を超えたものと認めるべき資料は本件記録上見当らないばかりか、先に認定したとおり、被控訴人の実査官は本件調査について控訴人の協力を得ようと何度も控訴人方を訪れる等して控訴人に会い、その都度所得を明らかにするための関係資料の開示を促したのに、控訴人がその所属する組織の関係者らの立会、援助を受ける等して調査を拒否する態度を取り続けて、結局実査官らの努力の甲斐もなく、調査を遂行することができなかつた事情が窺われるのであつて、控訴人主張の如き、社会通念上相当な限度を超えた行動態度があつたものとは認められない。そして被控訴人は自ら調査した」

三  当審で新たに取り調べた証拠によつても、以上に引用した事実の認定を動かすに足りない。

四  以上の次第で、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奈良次郎 伊藤豊治 石井彦壽)

【参考】第一審(盛岡地裁昭和五〇年(行ウ)第四号 昭和六〇年七月二五日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <略>

理由

(本件更正及び決定の経緯等)

一 請求原因一の事実は当事者間に争いがない

(事業所得の推計の必要性)

二 成立に争いのない乙第一、第二号証の各一、二、証人千葉英雄、同早川信雄、同千葉裕、同鈴木俊男及び新沼隆男の各証言(ただし、証人鈴木俊男及び同新沼隆男については後記採用しない部分を除く)によると、(1)原告は亡福三郎の長男で同人が大昭堂印刷所なる商号で営む印刷業を昭和四七年頃同人から委されて経営している者であること、(2)被告は亡福三郎の申告にかかる昭和四七年分の所得税の収入金額が昭和四六年分の同確定申告にかかる収入金額と比較して約二三%増加しているのに、所得金額は逆に昭和四六年分のそれと比較して一三%減になつていて、必要経費及び貸倒損失を過大に計上していることが疑われたため、調査の必要があると判断したこと、(3)そこで、被告は仙台国税局長から同局直税部所得税課所属の国税実査官千葉英雄、同早川信雄を大船渡税務署に併任を受け、同人らをして亡福三郎の昭和四七年分の所得の調査をさせたこと、(4)右実査判らは、表二記載のとおり昭和四八年九月四日から同年一二月一九日までの間一〇回にわたり、大昭堂印刷所の店舗又は亡福三郎の居宅に赴き調査をしようとしたが、大船渡民主商工会の副会長である原告は、自ら又は同会事務局長鈴木俊男ほか同会の会員の応援を得て、右国税実査官らと応待し、その都度、「一方的に調査をするのは非常識であり、営業妨害である。帰れ。」、「営業妨害を謝罪しないと調査に応じない。」などといつて調査を拒否し、右国税実査官らが右民主商工会会員らの退席を求め、調査の目的を説明して大昭堂印刷所の帳簿、書類の提出を要請したのに対し、原告は「計算書類は申告が終つたので焼却した。証拠書類も処分した。」などといつて最後まで右国税実査官の質問に答えることも、亡福三郎の所得に関する帳簿書類を提出することも拒んだ事実を認めることができる。原告は調査を拒否した事実はなく、被告の右調査の方法が違法であるため、その是正を求めただけであつて、営業妨害についての謝罪がなされ、調査方法が改められるならば、調査に応ずる旨告げていたものであると争い、右に沿う証人新沼隆男、同鈴木俊男の証言はあるが、これらは同人ら独自の見解(後記一五及び原告の反論一、二参照)に基づいてなされているものと解されるばかりでなく、証人千葉英雄、同早川信雄の各証言及び弁論の全趣旨と対比して採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみると、被告は亡福三郎の所得を実額によつて把握することができなかつたものといわなければならないから、推計の方法によつて算出する必要があつたものというべきである。原告は亡福三郎の昭和四七年分の一般経費は別表一のとおりであつて実額の把握が可能であるから、所得を推計すべき理由はないと主張するが、原告は右事業所得に関する帳簿書類を提出しないばかりか、成立に争いのない乙第一八ないし第二一号証及び弁論の全趣旨によると、右一般経費の実額は本件訴訟においてはじめてしたものであることが認められるから、右主張は採用の限りでない。

(事業所得につき争いのない事実)

三 亡福三郎の昭和四七年分の事業所得の収入金額が一二九二万七九九七円であつたこと並びに特別経費のうち外注費が一〇三万六八二五円、支払利子が三一万〇三七四円、建物減価償却費が二万四四一〇円、支払地代が三万二七一〇円であつたことは、当事者間に争いがない。

(亡福三郎の営業状況)

四 証人新沼隆男の証言及びこれにより成立を認めることのできる甲第一五号証によると、亡福三郎の営む印刷業は、主として端物印刷、小ロツトの複写物、チラシ印刷を行い、美術物、カラー物の印刷は行わず、その印刷技術としては、活版、オフセツトほか万能写真植字機を用いたコールドタイプ製版があつたこと、事業に従事する人員は従業員一〇名位のほか、亡福三郎を含め同居の家族である原告(長男)、その妻ミヤ、原告夫婦の娘美江の合計一二ないし一四名であつたことを認定することができる。

(事業所得の推計)

五 証人佐藤英夫、同佐藤隆英、同早川信雄の各証言及び右各証言により成立を認めることのできる乙第三号証の一ないし四、第四ないし第七号証の各一ないし三、第八ないし第一一号証の各一、二によると、(1)仙台国税局長は亡福三郎の昭和四七年分の事業所得の金額を推計するため、岩手県内盛岡ほか八ヶ所の税務署に対し、被告の主張三の1(二)なお書き(ア)ないし(オ)の基準に該当する類似同業者を抽出することを命じたが、その結果、大船渡、一関、宮古、二戸各税務署管内には該当者がなく、盛岡税務署管内から二名、花巻、水沢、釜石、久慈各税務署管内から各一名が該当者として抽出され、これらの者の昭和四七年分所得税の青色申告書の写が被告に送付されたこと、(2)右六名の類似同業者の青色申告にかかる各人別の収入金額、算出所得金額、算出所得率並びにこれらの者の平均所得率及び平均所得率算定の式は表三のとおりであることを認めることができる。

そして、当事者間に争いのない亡福三郎の昭和四七年分事業所得の収入金額一二九二万七九九七円に右平均所得率五九・六七%を乗ずると、その算出所得金額は七七一万四一三七円となるから、同額をもつて同人の同年分事業所得の算出所得金額と推認することができる。

(右推計の合理性)

六 ところで、前掲亡福三郎の営業内容・事業従事人員数及び昭和四七年分事業所得の収入金額と、被告がその算出所得金額推計のために比準した類似同業者の抽出基準である前掲被告の主張三の1(二)なお書きを対照するに、(ウ)の事業内容は亡福三郎のそれとほぼ同一であり、(エ)の収入金額及び(オ)の事業従事者の数は亡福三郎の事業の規模と同等のもののほか、更に一段階上、下のものを含めたものと考えられる。また右同業者の営業地は、盛岡税務署管内を除くその余の者については、亡福三郎の営業地たる大船渡市と類似の規模の経済圏に属するものであり、盛岡税務署管内の同業者二名についても、その立地条件は大差がないと考えられる。そのうえ、右同業者は法定の帳簿書類の備付、記帳及び保存を義務づけられている青色申告にかかる事業所得者であること、亡福三郎の営業が前記抽出基準(ウ)、(エ)(オ)と格段にかけはなれているとみるべき特別の事情がない点を考慮すると、被告の比準類似同業者の抽出基準は妥当なものということができる。そして、現実に右基準に該当するものとして抽出されたAないしFの収入金額をみると、BとEはそれぞれ他の者より一段階上及び下と思料されるが、他は亡福三郎の収入金額とさして大差のない金額であるから、これらに比準して同人の算出所得金額を推計したことは、是認することができる。したがつて、被告が用いた推計方法は本件に即してみると、適切であり、合理性があるというべきである。

七 これに対し、原告は被告が用いた推計方法は比率法であり、これが亡福三郎の算出所得金額推計の方法として最適であることの主張も立証もないと非難するが、被告が推計に用いた方法は前述のとおり相当であり、原告においてこれを否定するのであれば、これにまさる方法とその推計による算出所得金額を主張立証すべきであるが、その主張立証が的確になされていないのであるから、右非難はあたらない。

八 また、原告は類似同業者の存在の立証として、青色申告書の特定事項にわたる部分に紙を貼付したうえこれを複写したものを提出させ、右類似同業者の住所、氏名などを秘匿したまま、AないしFの符号で表示したものを書証として提出し(以上の事実は乙第三号証の三、四、第四ないし第七号証の各三自体に照らし明らかである。)本件推計を行なつたことを非難する。なるほど、右同業者の氏名、住所などが明らかにされない場合は、そのために、被告の推計に対する反証に困難の生ずることは否めないが、推計課税はいうまでもなく実額によることができない場合の補充的課税方法に過ぎず、むしろ、原告は納税者として自己の所得につきこれを最も良く知る者であるから、実額により反証をなしうるところであり、他方、税務職員には職務上知りえた秘密を守る義務がある(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条一項)以上、被告が、右同業者の氏名、住所などを明らかにしないのもやむをえないと考えられ、また、前記同業者はいずれも所得税法上各種の義務を負い、かつ、これを履行する青色申告者であると認められるところ、これらの者にとつて、氏名、住所などを明らかにされて、その秘密が推計課税を受けた者の納税訴訟上の便宜のため犠牲に供されなければならないいわれは全くないのであるから、被告が平均所得率算出にあたり、同業者を特定しうるに足りる事項を秘匿したからといつて、これにより、当該推計方法が違法と解することは相当でなく、原告の非難はあたらない。

(原告の一般経費の実額の主張に対する判断)

九 原告は亡福三郎の昭和四七年分の一般経費は別表一のとおりであるとするが、これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。原告が仕入金の証拠とする成立に争いのない甲第一六号証(株式会社岩手銀行盛支店の当座勘定元帳写)からは、同号証記載の出金と仕入との関連が不明であり、その他の一般経費支出の証拠とするものは出金伝票(甲第一七ないし第三〇号証―いずれも多数の枝番があるが、その記載を省略する。)のみであつて、これに対応する帳簿、領収証の提出もされないばかりでなく、その記載内容に照らし、これらが真実一般経費支出の原始記録であることを認めることができない。

(特別経費中の雇人費)

一〇 成立に争いのない乙第一六号証の三、証人千葉英雄、同早川信夫、同佐藤英夫の各証言及び右各証言により成立を認めることのできる乙第一六号証の一、二、四、第一七号証によると、(1)亡福三郎は大船渡商工会議所労働事務局保険事務組合に対し、大昭堂印刷所従業員の「昭和四七年度労働保険料申告書の基礎のなるための一人別給与明細」を提出したが、これによると、同人は昭和四七年四月から同年一二月まで雇人である鈴木春代ほか八名に対し総額三五一万〇一三五円を給与として支払つたこと、(2)右支払のうちには、生計を一にする扶養親族である新沼美江(原告の長女)に対する支払分三二万〇六九三円を含んでいるので、経費として計上できる雇人費はこれを控除した三一八万九四四四円(所得税法五六条参照)であること、(3)また、同保険事務組合備付の「昭和四七年度、同四八年度の保険料申告内訳」なる簿冊の大昭堂印刷所分の記載によると、亡福三郎は昭和四七年一月から三月まで雇人費として総額八四万五〇一四円を支払つたこと、(4)右支払の中には前記新沼美江に対する支払分が含まれており、その額は不明であるが、右(1)の一人別給与明細書から明らかな同年四月分の同女の給与が右期間内にも毎月支払われているものと推定して計算すると、右期間において経費として計上できる雇人費は、同女に支給したものと推定した八万五九三五円を控除した七五万九〇七九円であることをそれぞれ認めることができる。そうすると、右の合計額三九四万八五二一円が昭和四七年分の雇人費となる。

これに対し、原告は雇人費は別表二のとおりであると主張するが、右に説示したところから明らかなように、右認定にかかる雇人費は昭和四七年一月ないし三月分の新沼美江に対する支払が推計であるに止り、他はすべて実額であるところ、その実額の支払と認められる前記(1)の一人別給与明細(乙第一六号証の三)の昭和四七年四月ないし一二月までの毎月の支払額合計と、別表二の同期間における毎月の支払額の合計とを対照しても、各月とも後者は前者よりも少額であるから、同表の記載は信用することができない。他に、前記認定を妨げるに足りる証拠はない。

(原告の貸倒金の主張に対する判断)

一一 原告は、亡福三郎の貸倒金につき別表三のとおりであると主張するが、貸倒金が必要経費(所得税法五一条二項)となるためには、それが事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、譲渡金その他これに準ずる債権の貸倒であつて、債権の取立不能が客観的に確認できる場合、又は債権放棄の事実が確定した場合にその損失の生じた日の属する年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入できるものとされており、その取立不能とは、その年度中に債務者において破産若しくは和議手続きの開始、事業の閉鎖、失踪、行方不明、刑の執行、債務超過の状態が長く続き衰微した事業を再建する見通しのないこと、その他これに準ずる場合をいう(所得税法五一条、同法施行令一四一条)ものであるところ、原告主張の同表記載の売上金が右の要件に該当することの主張も、これを立証するに足りる的確な証拠もない。したがつて右主張は採用することができない。

(雑所得金額)

一二 雑所得金額が五万八五〇〇円であることは、当事者間に争いがない。

(本件更正及び決定の額の当否)

一三 以上によると、昭和四七年分の亡福三郎の事業所得は算出所得金額七七一万四一三七円から雇人費等の特別経費五三七万二八四〇円を控除した二三四万一二九七円となり、これに雑所得金額五万八五〇〇円を加えると、その昭和四七年分所得金額は二三九万九七九七円となる。

そうすると、本件更正及び決定は、亡福三郎の昭和四七年分の所得金額及び課税所得金額以下の金額によつて行われたものといわなければならない。

(原告の反論に対する判断)

一四 原告は本件更正が大船渡民主商工会を弾圧する意図をもつて行われたものであるから、憲法が保障する結社の自由を侵害するものであつて違法であると主張するが、これを支持すべき証拠はない。もともと、亡福三郎の本件申告が過少であることは前認定のとおりであつて、被告はその職責上更正を行うべきであるから、原告の主張は筋違いであつて、採用することができない。

一五 また、原告は被告に対し本件更正のための調査及び質問検査権の行使の必要性と合理性の理由の開示を求めたにかかわらず、その具体的理由の開示なくして調査をして本件更正をなし、かつ本件更正に理由が明示されていないから、法律上の手続的要件を欠き違法であると主張する。しかし、被告の調査は課税標準及び税額を認定するに至る一連の判断過程を含むきわめて包括的な概念であつて、その調査は相手方の同意があれば自由にこれを行うことができ、調査のための質問検査権の行使(所得税法二三四条)も、その必要があれば強制にわたらないかぎりこれを行いうべきものであつて、いずれも手続的制約はなく、その実施の日時場所の事前通知、調査理由及び必要性の個別的、具体的告知は法律上の要件とされていないうえ、被告は原告に対する質問検査権の行使の結果得られた資料に基づいて本件処分をしたものでないことは、弁論の全趣旨に照らし明らかである。また、更正の理由附記は青色申告にかかる更正についてのみ必要とされるところであつて(所得税法一五五条)、亡福三郎は青色申告書を提出して本件申告を行つたものでないから、これに対する更正に理由の附記は要求されない。したがつて、原告の右各主張はいずれも主張自体失当であつて、理由がない。

(結び)

一六 以上検討したところによると原告の本件請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮村素之 佐久間邦夫 富永良朗)

別表 <略>

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